ミュラグの短いもの。
新しいもの順

「いつも」のおしまい  /   サボテンとは違って  /   計測不能


 一瞬の出来事だった。おれはいつも通り振り返って、いつも通り口を開いただけのはずだ。普段と変わらない、暮れなずむ道端。
 ただいつもと違ったのは、カミュの顔が見たことないくらい近くにあって、見たことない色をした瞳におれが映っていて、驚いている間におれの時間が止められたってことだ。

「どうしたの? そんな顔して」
 カミュだっていつもと変わらない。少し含んだような、いやいやお前でしょ、お前のせいでしょって、ツッコミ待ちとしか思えない話し方だし、いつも誰にでも振りまいている、好青年スマイルだって異常なし、のはずだ。
 むしろおれの方がおかしいのかな。……そうだよな、男の唇も柔らかいんだ、とか。どう考えても幻だし。

 カミュの腕が静かに伸ばされて、立ち尽くすおれのそっと頬に触れる。長くて、男の割に繊細そうな指。
 進まない時間の中で、その冷たさだけが現実を教えてくれる。
「ねえ、どうしたの? 何か言ってごらんよ」
 ――もしかして、こわい?

 堰を切ったように、カミュは口早に言葉を積み上げた。おれの言葉なんて待たずに、むしろ喋らせまいと。取り留めのないピースを、ただひたすらに。
 らしくないね。お前はいつも、おれの言葉を待っててくれたじゃないか。お前のスピードで喋れないんだって、いつか、分かってくれたのに。
 まるでおれに腕を振り払わせたいみたいだ。言葉でできた、積み木の城を壊すために。
 そんなことをしなくたって、おれは何も言えやしないよ。

 カミュはいつもと同じに笑っているけど、どうしてなんだろう、まるで怒ってるみたいだった。
「かわいいね、ラグナス」
 そんな訳ない。いつも通りの台詞は頭の中に浮かんだだけで、唇を動かしてはくれなかった。それどころか全身、指の先まで、おれの時はまだ止まっている。
 だからカミュが両腕を背中に回してきても、突き飛ばすことも、抱き返すこともできやしなかった。
 お前に、そんな悲しそうな顔させたいわけじゃないのに。

「またね、カミュ」

2012.3.27 
ブログ掲載から加筆(原題「さよならからの逃避行」)
テーマ:卒業



 チャイムが鳴って授業が終わると、君は目をきらきらさせて真っ先に俺のところへやってきた。
 今日は何を聞かせてくれるんだろう。
 昨日あったことやさっき知ったトリビア。その内容はほとんど、俺にとってはなんでもないことだけど。
 でも、君が一番に知らせたいと思ってくれる相手が俺だということが、何より嬉しい。

「なあカミュ、知ってる? 女の子って『かわいい』って言ってると本当にかわいくなるんだって!」
「へえ」

 今日はトリビアを報告しに来てくれたらしい。
 残念ながらそれは、俺にとっては既にある知識の一つでしかなかった。
 けれど、何か新しいことを知ると人に言いたくてたまらなくなる君は、本当に可愛い。

 ……そう、「かわいい」!

「ねえ、それって女の子だけなのかな」
「へ?」
 ぐりぐりの大きな目を更に真ん丸くしてきょとんとする君。
 ああ、本当だ!

「かわいいね、ラグナス」
「え、何」
「驚くお前、かわいい」
「ちょっと、何の話」
「とぼけた顔もかわいい」
「いいかげんに」
「嫌がる姿もかわいい」
「やーめーろって!」

 俺の言葉を遮ろうと、君は強い声を出す。
 本来俺としては、どこがどうかわいいかまで細かに説明し尽くしたいんだけど。
 そうすると君は「口では勝てない」なんてふて腐れて、黙ってしまうだろうから、俺は素直に口を噤む。
 こういう時の悔しそうな上目遣いや、ほんのり色の付いた頬は、
 全部全部、俺に向けられた、俺だけの宝物だ。

「お前はいーっつもそうやって、おれの話ちゃかす!!」
「茶化してなんかないよ。俺はいつも真剣だよ?」
「あーもう! 知らない!」

 ぷりぷり怒って、そっぽを向かれてしまった。
 だから、その顔がかわいいって言ってるのに。
 君こそ、そういうとこ、分かってないよね。
 でも。

「ラグナス」
「……なに」
「いいこと教えてくれて、ありがと」

 単なる知識を、知恵にしてくれてありがとう。
 君はいつも、俺の思いも寄らなかったことを教えてくれる。

 君の太陽みたいなその笑顔が、大好きなんだ。

 だからどうか、他の奴には言わないでいて。

 君をかわいくする、魔法の言葉。


2012.1.2
ブログ掲載
twitterで見た素敵発言より



 勢いよく開いたカーテンの向こうからあらわれた彼は、正直、俺の想像以上だった。
「ああ…。さすがお前は、何を着ても似合うね」
「ふっふん、ラグナースファンクラブに入会希望しとく?」
 上機嫌な彼を見て俺もつられて嬉しくなる。
 自然と口が微笑みの形を作っていて、二人で笑いあった。
 そんな集団が結成されようものなら、一人ずつ消してしまいやしないかという疑念は、頭の隅に追いやりながら。

 ――俺、ナース服とか超似合うよ!

 突然謎の主張を受け、俺は実物を拝見していた。薄桃色の薄っぺらい、これを着ている女性がいるのはむしろ病院じゃないだろう、そんなコテコテのナース服。
 身体のラインがそのまま出るようになっているそれは、豊満な女性が着ればさぞかし官能的なことだろう。
 けれど今着ているのはひょろっとした男子高校生で、包まれる肉体もすとんとした肉付きの薄い男のものだ。
 だっていうのに。

「どうしよう」
「ん?」
「俺、熱でもあるのかな」
 なんだか頭がぼーっとするんだ。
 そう言うと君は、「お、ナ−スの出番だ!」といたずらっぽく笑って、
 当たり前みたいに俺の額に、自分のそれをくっつけた。
「……うーん、普通だと思うけど。でも、顔は赤いな」

 ――なんてこった!
 ああもう、君は分かるかな。
 いつも笑顔っていう仮面を貼り付けてる俺の顔が、赤くなってるって意味。

「うーん、白衣の天使に参っちゃったみたいだ」
 冗談めかして言えば、
「ラグナース様に任せなさい! 手厚い看護を付きっ切りでしてやるから」
 なんて、君は太陽みたいににっと笑って言った。

 朝も昼も夜も、君が付きっ切りでいてくれる生活を送るには、どれだけ熱を上げればいいんだろうね。


2011.11.27
ブログ掲載