白いソファーが届いた。 元々家具の少ないこの家に新たなものが導入されるのは稀だったし、そもそも家主があまり調度にこだわらない性質だ。だからその2mはあろうかという大きなソファーと見たとき、ラグナスは驚いた。 「どうしたんだ、これ」 「ああ、ももも通販で買った」 そういうことが聞きたい訳じゃない。 「お前が家具を買うなんて珍しい」 「気に入ったんでな」 ますますもって珍しい。こいつが「気に入る」だなんて。 シェゾは大きなソファーを日当たりのいい、やはり先日買ったラグの傍まで移動させた。同時に買ったキャスター付の小さなサイドテーブルも隣に据える。元々家具は少ないから、スペースだけはある。そもそも二階建ての一軒家にしてはモノが少なすぎるのだ。 自分が来たときは、本当に必要最低限のものしかなかった。本と実験器具だけは馬鹿みたいにあって、生活の色がほとんどなかった。 だからこうして家にモノが増えるのはシェゾが文化的に変わっていくようで、ラグナスはこっそりと喜んでいた。 自分が原因で恋人が変わっていくだなんて、嬉しいことじゃないか。 だから二人暮しには明らかに大きすぎるそのソファーと、明らかに不釣合いなサイドテーブルを見ても、何も不審には思わなかったのだ。 浮遊の魔法陣が描かれた札を取ってソファーを固定すると、シェゾはぐるりと周りを見て、満足したのか小さく頷いた。そしてラグナスを見る。 「お前、この間渡した基礎魔導理論の本はどうした?」 「……っ!?」 ぎくり、と肩を強張らせる。いきなりなんだ? 「まだ1ページも読んでないだろう」 ……その通りだ。 「何で知って……」 「机の上に置きっ放しだし、栞が動いてないからな。それくらい分かる」 魔導の勉強がしたいと言ったのは自分だったのだが、最近は頭を動かすより体を動かす気分だったのですっかり放置していた。というよりは、前に借りた本を一冊読みきったので満足してしまっていたのだ。 「丁度いいから、今ここで読め」 と、シェゾはソファーを指差して言う。 新しいソファーに座らせてもらえるならそれも悪くないかと思い、ラグナスは本を取りに行く。そもそも何故いきなり本の話題が出てくるのか首を捻りながら。 そしてその答えは、意外にあっさり分かった。 「ここに座れ」 シェゾが指差したのは、大きなソファーの一番端だった。 確かに、端なら肘掛けがあるけれど。 「こんなに大きいのに、すみっこ……ひどい」 「黙れ俺が買ったんだ」 所有権を持ち出されては手が出ないから、おとなしく言われたとおり端に座る。 スプリングがきいていて心地がいい。 シェゾは真ん中あたりに腰を下ろすとぐるりと体を捻り、ラグナスの腿に頭を置いた。足は逆方向に投げ出す。 「な……っ」 完璧な《膝枕》の出来上がりである。 「うむ思った通りやはりいいものだな」 「お……、お前は〜〜〜っ! おい、まさかこんなことのために買ったのか、コレ?!」 「まぁそうだな」 二人で使うには明らかに大きすぎるこのソファーは、膝枕のためだったというのか。自分が横になってもはみ出ないサイズだから、こんなに巨大なのか。 あんまりにもくだらない。ラグナスは声にならない叫びをあげる。信じられない! しかしシェゾはそれを意に介した様子もなく 「じゃあ俺は寝るからお前はそれ読んでろ。無論、動かんようにな」 そう告げると、目を閉じてしまった。本当に寝る気だ。 こいつはやると言ったらやるのだ。頼もしいことも、迷惑なことも。 ラグナスは諦めて、ため息を吐くとページを開いた。 いつの間にかサイドテーブルにタオルが置いてあるのには気付いたが、ただそれだけだった。 ラグナスは剣士であるが、魔導も使う。いわば魔導はサブの要素である。 幼い頃に両親から剣も魔導も手ほどきは受けたが、あくまでメインは剣。それに魔導は、多くの子供がそうであるように、《使えるようになること》を目指して練習した。つまり《学んで》はいないのだ。発動までの精神集中や魔導力の流れは知っているが、「なぜ発動するのか?」といった理論分野は全く知らなかった。 そこで、一応魔導がメインであるらしい(実際は剣ばかり振り回しているような気がする)シェゾに、そのあたりの指導を請うたのである。 実際シェゾの教え方は分かりやすかった。馬鹿みたいな量の本の中から初歩の理論書を探し出し(使わない本だったから探すのが大変だったらしい)、それを資料にしながら実演を含め口で説明してくれた。その時のシェゾの顔はなんだかキラキラしていて、あぁやっぱり魔導が好きなんだなとラグナスは改めて思った。 一通り説明すると「細かいところは自分で読んでおけ」とその本と、これまた薄めの辞書を渡された。これはすぐに読めた。あらかじめ解説されていたし、辞書もレベルが合っていて使いやすかった。 その次に渡されたのが今読んでいる本。けれどあまり読書し慣れていないラグナスは、渡されたときはもう体を動かしたくてたまらなくて、結局借りたままにしてしまった。 (こいつ、気に掛けてくれたんだな) 自分の好きな分野を語りたいだけかもしれないけれど、この朴念仁がそこまで気にしてくれているとは思ってもみなかった。ラグナスは顔をほころばせながら、本を読む手を止めシェゾの頭を撫でた。シェゾがもぞもぞと小さく寝返りを打つ。 この本も面白い。この前よりは内容が難しくなっているのだけれど著者の語り口が独特で、理論書というよりは小説のような心持ちで読める。あまり難しい本に慣れていないラグナスには読み易くてありがたかった。 * あまりに長閑なこの光景にラグナスが陥落するのはそれほど時間を必要とせず、読んでいた本が滑り落ちてシェゾの安眠を妨害し、それを理由に一悶着あったが。 リビングに大きく陣取る白いソファーはその後しばらく一人の勉強場所となり、一人の布団となったのだった。 |