※いきなり現代設定










 遮光カーテンってすごい。外はもうすっかり朝だっていうのに、この部屋は真っ暗な夜のままだ。カーテンは部屋の主の性格を表すように、光の入る隙間もなくぴったりと閉じられている。妙な所で完璧主義なんだよな。
 寝室の中央に鎮座ましますベッドの中で、偏屈で寝汚い完璧主義者はまだ眠っていた。おれが部屋に入ったくらいで起きる奴じゃない。だからカーテンを勢いよく全開にしてやった。
「シェゾ、シェゾ。朝だぞ。腹減ったからメシにしよ」
 急に明るくなったのがお気に召さなかったらしく、シェゾはむぅ〜なんて言いながらまたシーツに潜ってしまった。そっちがその気ならおれもとことん付き合うつもりだよ。ベッドに上がって馬乗りで、シェゾの顔を掘り起こす。
「なあ晴れたよ、すっごいいい天気だ。ジェットコースター日和で、観覧車日和で、ヒーローショー日和で、野球観戦日和だ。だから早く起きて遊園地行って、並んでないうちに3回ジェッコ乗ろう?」
 覆い被さって、耳元にあれもこれもと吹き込み続けていたら、さすがにシェゾも目を開けた。おれのだいすきな青い瞳。でもこれはまだ起きてないな。
「ラグ…………」
「ん?」
「…………なんじ……」
「今7時」
「んー…………」
 寝るなってば。
 きらきら光る銀の髪の中に手を突っ込んで掻き回して、ぐしゃぐしゃにしてやる。寝癖がついてるから今更おれがどうしたところで変わらないんだけど。さらさらの銀髪は風呂上がりだとくるくるなのに、乾くとすっかり真っ直ぐになる。シェゾは「取れたパーマ」なんて言ってるけど、おれは好きだ。くるくるも真っ直ぐも、どっちのシェゾも。
 前髪を上げて手の平で抑えて、いつもはバンダナで見えないおでこを眺めていると、急にシェゾがもぞもぞと動いた。長い腕がおれを抱えるように伸ばされて、そのままごろんと寝返った。おれまでシーツの中に入れられてしまう。
「わっ」
 ずっと布団の中にいたシェゾの身体は、いつもより熱い。普段からそんなに体温が高くないから余計にそう感じる。背中に触れる手の大きさがはっきり分かってしまうくらい。顔が近くて、長いまつ毛がいつもよりよく見える。いつ見ても、クラスのどの女子より長いんだ。いつもまっすぐにおれを見る青い目は、薄いまぶたにふたをされていて今は見えない。見たいな。開けてくれないかな。
「こら。おーきーろって」
「んー……」
 ぺちぺちほっぺを叩いても眉をしかめてうなるだけだ。逆に、うるさいとばかりに抱きすくめられてしまう。動きを封じたってことなんだろうけど……うーん。これは近い。密着してるもん。……おれ、今すごいどきどきしてるんだけど、これ、聞こえてないかな。寝てるから平気かなあ。っていうか、起こさなきゃ。今日は二人で遊園地に行くんだから。
「シェゾ、」
 起きようよ。というおれの声は、形になる前にシェゾに食べられてしまった。
 唇が、合わせられたせいで。
 おれの息は、喉仏の隆起すらうっとりする、きれいな白い喉に飲み込まれた。
「!」
 これ、キス、だ。前もされたことあるけど、全然、慣れない。だって、シェゾの唇はすごく柔らかい、から、ちょっと触るだけでくらくらするん、だ。
 ちゅっと小さい音を立てながら、角度を変えて唇が再び重ねられる。背中の手が腰から肩へ撫でる様に動いて、おれのシャツをめくり上げた。いつもより熱い手の平。それだけでおれの身体も熱を移されてしまう。ねえ、熱い、よ。さっきよりもっと、どきどきする。どうしよう?だってシェゾの顔がほんとに、目の前だ。恥ずかしくて目を開けてられなくて、まぶたをぎゅっと閉じたら、涙がこぼれた。
 そんなことに気を取られていると、今度は口の中にも熱いものが入ってきた。ぬるりとおれの舌を捕える。これは、初めて。恋人でするキス、なんじゃないのかな。いいのかな。でも、触れたところが熱くて気持ちよくて、何も考えられない。頭の中がどろどろに溶かされて、涙になって出ていっちゃったんじゃないだろうか。息が苦しいのに、やめられない。しかも、もっと、なんて。
 シェゾの大きな右手が動いて、またおれの肌に熱を残していく。
 背中から脇を通って、あっ、そこ、は……ぁ。そんなとこ触ったら、だめだ。
 やぁ、ちくび、ぐりぐりした、ら、や、おかしくなっちゃ、うよぉ……っ!!!

「…………、っはぁ!!!」
 銀の糸が伸びて、ぷっつりと切れる。唇が離れて、やっと息ができる。ずっと苦しかったせいで、まるでしゃくり上げるようになってしまう。口の回りもべたべただし、瞬きしたら涙もぽろぽろこぼれた。恥ずかしい。恥ずかしくてたまらない。熱に浮かされたように頭がぼーっとして、身体中がどうしようもなく粟立っているのが。
 いつの間にかまたひっくり返されていたみたいで、シェゾはおれの上にいた。ちゃんと開けてくれた青い目で、じーっとおれのことを見ている。目玉におれが写っているのが見えて、なんだかすごく嬉しい。
「あー……」
 寝起きの、ちょっと掠れたシェゾの声。いつもかっこいいけど、これは普段より低くて、またどきどきしてしまう。おれは朝からどれだけどきどきさせられるんだろう。やんなっちゃうくらいだ。
 その掠れ声で、シェゾばぼそりと言った。
「……やべぇ、勃った」
「なぁっ……!!」
 ただでさえ赤いはずの顔に、更に顔に血が集まるのが分かった。
 バカ、そんな声で、そんなこと言うな!!
 かっこいいじゃないか……っ!!!
 シェゾが慌てたように、すまん何でもない、とか、頼むから忘れろ、とか布団に突っ伏してもごもご言ってるのが聞こえる。どうやら今のは寝起きのうっかりらしかった。でもそんなことはどうでもよくて、おれは全く別の所が気になって仕方なかった。布団の中、そろそろとそこへ手を伸ばす。
 うわ、ホントにでっか……
「この馬鹿! 触る奴があるか!!!」
「いてっ!」
 頭を叩かれた。シェゾは昔から都合が悪くなるとすぐぶつんだ。でも、いつもはあんまり表情の変わらないシェゾが珍しく真っ赤になってる顔を見たら、どうでもよくなった。
「あ、待って」
 起き上がろうとしていたシェゾの首に腕を回して引き留める。シェゾは「一刻も早くここから逃げ出したい」なんて顔をしながらおれを睨んだ。自分でやっておいて、なんて勝手なやつなんだ。まだ顔が赤いままなのに免じて許してやるけど。
 少し迷ったけれど、ぎゅっと腕に力を入れてシェゾを引き寄せる。身体が密着した。
「あのさ、おれも……、お前のせいでこんなん、なっちゃっ、たん、だけど……」
 恥ずかしい、恥ずかし過ぎる。でも案外どもらないでちゃんと言えた。
 少しだけ腰を動かして「どんなん」か伝えると、シェゾはちょっと固まって頭を抱えやがった。あークソ、なんて言ってる。なんだよ、おれは絶対に悪くないぞ!!
 シェゾは大きなため息を一つつくと、あの獣みたいな掠れ声で、おれの耳元にこう囁いた。
「……ジェットコースターに乗る回数が減っても、文句言うなよ」
 おれに文句なんて、あるはずもなかった。



今日はデート日和